
しかしオカンが首を縦に振らなかったのは、料理のレパートリーやセンスではなく、苺が入れられないのは、家が貧乏だったからに他ならなかった。そう気付いたのが小学校2年くらいだから、給食の抜け日に補足されるお弁当日がある頃のお話だ。近所の土手からツクシ・ゼンマイ・ワラビや、持主不明の竹薮からタケノコや、家になっている柿など、お金がかからないものがやたら多かった記憶があるが、小学校中学年くらいなら、その苦労も充分理解できたのだが。

さて現在、日曜日はお馴染みのお昼ご飯選びで、会社の近所のお弁当屋さんが、一斉にお休みをするため自作のお弁当に挑戦。紅じゃけは、その存在だけで美味しく、これだけでも良いのだが、あとは刺し身のツマのようなものと、玉子焼き・ハンバーグ・インゲンのお浸しを詰めて型通りのにぎわし方でクリアしたが、給湯室でカップラーメンにお湯を注ぐ味気ない図よりかはマシだろう。自分の子供には、これより色彩豊かなものを作ってやれた事が、自己満足であるが責務をクリアしたかのようだ。
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